大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和58年(レ)92号 判決

控訴人(原告) 松山直光

右訴訟代理人弁護士 大西佑二

被控訴人(被告) 長谷山セツ子

右訴訟代理人弁護士 小林二郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者の申立

一、控訴人

1. 原判決を取消す。

2. 被控訴人は控訴人に対し、七〇万円及びこれに対する昭和五六年一一月二八日から支払済まで年六分の割合による金員の支払をせよ。

3. 訴訟費用は、第一、二審を通じ、被控訴人の負担とする。

との判決並びに第2及び第3項につき仮執行の宣言を求める。

二、被告

主文同旨の判決を求める。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 控訴人は、原判決添付目録表示のとおりの持参人払式小切手一通(以下、本件小切手という。)を所持する。

2. 被控訴人は本件小切手を振出した。

3. 控訴人は、本件小切手を昭和五六年一一月二八日支払人に対し呈示したが、支払を拒絶された。

4. 本件小切手には支払人による支払拒絶宣言の記載がある。

なお、本件小切手は、被控訴人の資金が不足であったため、その依頼により、取引停止処分を避けるため依頼返却されたもので、被控訴人は支払義務を免れない。

5. よって、控訴人は被控訴人に対し、本件小切手金七〇万円及びこれに対する呈示の日である昭和五六年一一月二八日から支払済まで小切手法所定の年六分の割合による利息金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

1. 請求原因1の事実は不知。

2. 同2及び3の各事実は認める。

3. 同4の事実のうち、本件手形が依頼返却されたことは認めるが、その余の事実は否認する。

三、抗弁

本件小切手の振出日は昭和五六年一一月二八日であるので、昭和五七年六月七日の経過により消滅時効が完成した。

被控訴人は本訴において右時効を援用する。

四、抗弁に対する認否

右期間の経過したことは認める。

五、再抗弁

控訴人は被控訴人に対し、昭和五七年五月二一日、本件小切手債務の履行を催告したところ、被控訴人は右支払義務あることを承認し、その支払猶予を申出たので、これにより右時効は中断した。

六、再抗弁に対する認否

否認する。

第二、証拠〈省略〉

理由

一、控訴人が甲第一号証を提出したことにより、控訴人が本件小切手を所持していることを認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。

被控訴人が本件小切手を振出し、控訴人においてこれを昭和五六年一一月二八日支払人に呈示したが、支払を拒絶されたことは当事者間に争いがない。

二、そこで、被控訴人に対する遡求要件である支払拒絶宣言の有無についてみるに、成立に争いがない甲第一号証によれば、本件小切手に支払人による支払拒絶宣言が記載されていないことは明白であり、他に法定の宣言がなされていることを認めるに足る証拠はない。

この点について、控訴人は、本件小切手は被控訴人の資金が不足であったため、その依頼により、取引停止処分を避けるため、依頼返却されたものであると主張するところ、その趣旨はそのような場合には遡求権の行使につき支払拒絶宣言は不要であるというものの如くであるので、この点につき検討するに、小切手のいわゆる不渡り処分を避けるため、振出人の依頼により交換呈示された小切手の依頼返却がなされた場合には、振出人は所持人に対し支払拒絶宣言の作成義務を免除したものと解して、その効力を認めるべきであるから、所持人は、小切手法三九条所定の要件を具備していなくとも、振出人に対して遡求することができるというべきである。よって、この見地から本件につき検討するに、本件小切手の依頼返却(依頼返却されたことは当事者間に争いない。)が被控訴人の依頼によると認めるに足りないものである。即ち、原審における控訴人本人は、被控訴人の代理人である渡辺日出海から依頼を受けて依頼返却に応じたこと、及びこれを裏付ける被控訴人の言動につき供述する(第一、二回)ところ、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第三号証によれば、本件小切手の支払人摂津信用金庫片山支店に対する被控訴人の当座預金残額は、前記呈示の日において本件小切手金の半額にも足りない二八万余円であったことが認められるのであるから(この認定に反する原審における被控訴人本人の供述は措信できない。)、被控訴人としても不渡処分回避のため、本件小切手の依頼返却を求める必要があったと言えなくはない。

しかしながら、右控訴人本人尋問の結果を更に仔細に吟味すると、控訴人は、渡辺から「小切手の決済ができない。不渡になったら大変だ。二、三日経ったら必らず責任をもって弁済するから、依頼返却してくれないか」と言う趣旨の申出を受けて応じたところ、渡辺がずるずる引延ばしたこと、しかし、渡辺はその後も、控訴人に、「責任をもって返す」旨を述べていたこと、被控訴人は、渡辺とともに、控訴人との本件小切手金の支払をめぐる話合いに赴いたものの、その席上においては渡辺が主として控訴人と応対し、右のとおり、責任をもって支払う旨を約束したこと、これに対し、控訴人は、当時、渡辺を除外してでも被控訴人に請求するという姿勢までは示していないこと、ところが、間もなく渡辺がいわゆる蒸発したこと、以上の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はないところ、もしも、渡辺が前叙控訴人本人の供述するように、被控訴人の代理人(或いは使者)として本件小切手につき、控訴人と応接したにとどまるものであったなら、右認定の如き言動に出る筈がないし、控訴人としても渡辺の言に引きづられることもなかったというべきであり、これらの事情に、原審における被控訴人本人尋問の結果を総合すると、渡辺が被控訴人から借りた本件小切手を控訴人に交付して、自らの用途のため控訴人から金員を借用したものと認めるに十分であり、これに反する右控訴人本人の供述部分は排斥を免れず、他に右認定を動かすに足る証拠はない。

そうだとすれば、渡辺としては、被控訴人から本件小切手を借りた手前、被控訴人に迷惑を及ぼすことになる不渡処分を回避するため、自ら控訴人に依頼返却を申出たとしても不思議はない。むしろ、右の如き立場の渡辺が、控訴人に依頼返却を申出るときに限って被控訴人の代理人として行動したとすることこそ、不自然であり、この点の前叙控訴人本人の供述部分は採用するに足りない。

以上の次第であるから、本件小切手の依頼返却が被控訴人の依頼に基づくと認めるに足りる証拠はない。

してみれば、被控訴人が、拒絶宣言の作成義務を免除したとはいえないものである。

三、以上によれば、支払拒絶宣言の記載がないのであるから、その余の点を判断するまでもなく、控訴人の請求は失当であって、棄却すべきところ、これと同旨の原判決は正当であるので、本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九五条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石田眞 裁判官 松本哲泓 村田鋭治)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例